リージョナルHERO

転職成功者インタビュー

リージョナルキャリアで転職した
方々に体験談をお聞きしました。

「灯台下暗し」で、実家の近くに転職。やっと両親に親孝行ができた。

JFE精密株式会社
進藤孝之さん(仮名・技術職) 41歳

転職回数
2回
転職期間
エントリーから内定まで60日間

静岡県内にある自動車メーカーで、派遣技術者として働いていた進藤さん。仕事にはやりがいを感じていたが、いつも気になっていたのは、実家のある新潟県に残してきた両親のことだった。高齢であることに加え、最近は病気がち。両親の世話をするために、3ヶ月に1度のペースで静岡県から新潟県へ何時間もかけて帰省していたという。しかし、そんな生活を続けるのは大変。自分自身も、派遣社員として、いつまでも働いていたくはない。そんな思いから41歳で一念発起し、金属部品メーカーへの転職に成功した。会社は実家から近く、仕事のやりがいも十分。何より、久しぶりに両親と暮らし、その笑顔が見られたことが嬉しかった。「実は先日、父が他界しました。最後に親孝行できて良かった」と、しみじみ振り返る進藤さんにお話をうかがった。(※本記事の内容は、2014年11月取材時点の情報に基づき構成しています)

転職前

業種
自動車メーカー
職種
技術職
業務内容
設備保全及び企画開発

転職後

業種
金属部品メーカー
職種
技術職
業務内容
開発及び保全

派遣社員からの卒業。契約を更新するタイミングでUターンを決断。

現在のお仕事はどんな内容ですか?

金属部品のメーカーで技術者をしています。現在の所属は、コーティング事業。金型や機械部品、ドリルなどに金属被膜をする工場で、ラインの改善や、品質管理、技術的な提案・支援などを行っています。と同時に今後は、新たな建物や設備の計画・設計も担っていく予定です。

入社前のご経歴を教えてください。

大学院を出た後、ゼネコンに入社。9年間、機電部門で工事用電気設備や機械設備の設計・施工に従事しました。その後、半導体メーカーに転職。そこでは工場全体の保全管理を担う部署で働き、プラントの運用管理から改造計画の設計施工まで手広く担当していました。現職に転職する直前は、自動車工場に派遣社員として勤務。工場設備を更新するプロジェクトに携わっていました。

転職のきっかけは?

最初にゼネコンを辞めたのは、会社が経営破たんしてしまったためでした。その次の半導体メーカーも、景気が悪くなり、リストラが始まりました。その後、会社の方針と自分の方向性が合わなくなりました。今回の転職については、もともと長期間、派遣社員として身を置くつもりはなく、そろそろ地元に戻ろうと考えていたこともあり、決断しました。両親が高齢で、体の具合もあまり良くなかったこともあり、契約の更新をするタイミングで、転職することにしました。

転職活動はどのように進めましたか?

年末に地元に帰り、友人と話す機会がありました。自分の家庭の事情や、「新潟に戻りたい」という話をしたところ、友人がリージョナルキャリア新潟を紹介してくれました。その後、コンサルタントとの面談を経て、現職の会社を紹介してもらいました。

今の会社に決めたポイントは?

まずは立地条件です。実家から近いところが良かったです。仕事内容も、今までの経験を活かせそうだと思いました。「変えていこう」という会社の意気込みも魅力的でした。前職では、提案しても話を聞いてもらえず、逆に責められるという苦い経験もありました。その点、現職では、これから施設や設備も大々的に変えていかなければならないという話を聞き、提案ができそうだと思いました。給与はあまり気にしてなかったです。新潟は相場が安いこともわかっていました。

40歳を過ぎたら、自分のストーリーを作って臨むことが大事。

転職していかがでしたか?

非常に良いです。仕事の内容も、入社前に聞いていた通りですし、やりがいがあります。金属系の工場は初めてでしたが、設備的には基本は同じです。もちろん、製品の勉強をする必要はありました。しかし非常に狭い分野ですので、難しくはなかったです。人間関係も良い職場です。上司と考えが合う環境はとても働きやすいですね。社内にはゴルフ好きの方が多く、よく一緒に遊んでいます。

生活面での変化はいかがですか?

実家で自由に暮らしています(笑)。会社には、自転車か徒歩で通っています。家から3キロなので、歩いても30分ほどの距離です。しかも自然がたくさんあり、歩くのには良いコースです。帰りも、18時ごろには、会社を出ています。今思えば、ゼネコンや半導体メーカーの時は残業がすごく多かったです。ゼネコン時代の同僚がいまだに「戻ってこい」と誘ってくれていますが、今の環境を知ってしまうと、以前の生活に戻ることはできません。休日は、親と買い物や遠出、地元の友人たちと釣り三昧です(笑)。船釣りをしています。日本海は魚がたくさん釣れます。釣れた魚は会社の方に配ったりして、喜ばれています。それから、実をいうと、新潟に戻ってきて約半年後に、父が他界しました。新潟に戻ってくるまで何もできていなかったので、「なんとか間に合った」というのが実感です。父と様々な場所に行ったのは良い思い出です。病院での世話や、その後の法事のこと、母のそばにいられるということを考えても、戻ってきて本当によかった、やっと親孝行できた、と思っています。

困っていることや課題はありますか?

特別ないですが、あえてあげるとすれば、職場に女性が多いことです。大勢の女性をマネジメントするのは、今までなかった経験なので、最初は戸惑いましたが、少しずつその環境にも慣れました。

転職を考えている人にアドバイスをお願いします。

悩んでいる方も多いと思いますが、会社以外の方に相談してみることをおすすめします。同じ職場の人とは全く違う目線でアドバイスしてもらえるのではと思います。私も正直、社外には相談できる方がいませんでした。過去の転職の時も、自分一人で活動していました。しかし、今回はコンサルタントの方に相談ができたので、うまくいったのだと思います。また今回の転職を通じて、年齢によって、「攻め方」も違ってくるのかなと感じました。30代はこちらの希望で探しても合致する求人が見つかりましたが、40代になると、自分のストーリーを作っておいて、エントリーすることが大事なんだと感じました。自分は何がしたいのか、何ができるのか、どんな強みを持っているのか、それらを整理しておき、しっかりアピールできるといいですね。コンサルタントの方が求人を紹介してくださるといっても、それはきっかけであり、あとは自分次第です。漠然と「今の仕事が嫌だから」では、難しいのではないでしょうか。

担当コンサルタントから

株式会社エンリージョン 
江口 勝彦

進藤さんとのご縁は、ある企業の経営者からのご紹介からでした。「県外に住んでいる同級生が、新潟に戻りたがっているので、相談にのってあげて欲しい」というお話をお聞きし、お会いしました。その中で、過去3社のご経験を総合的に活かすことができ、志向的にもマッチする企業としてJFE精密社をご提案しました。元々、当該ポジションを求人案件としてお預かりしていませんでしたが、人事責任者に推薦したところ、面接の機会をいただけることになりました。 お会いしてからはトントンと話が進みましたが、最後の条件提示と意思決定の場面においては、入社後の齟齬がないよう、双方の目線から調整することを心がけました。入社をゴールとするのではなく、採用時点での評価とその先の期待を、企業・進藤さん双方と擦り合わせることができたと感じています。入社後、進藤さんが各部門で引っ張りだこ状態で、ご活躍しているというお話をお聞きし、大変嬉しく思っています。

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